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不動産
【不動産】賃貸借契約で明渡しが遅れたときの賃料相当損害金を賃料の倍額にすることはできるか?
1.はじめに
不動産の賃貸借契約において定められた明渡しの期限までに、賃借人が明渡しを行わない場合があります。
このような場合、賃借人側はその不動産を占有する権原がありませんので、その不動産に無償で居続けることはできません。
明け渡すまでの間、賃料相当損害金が発生することになります。
・明渡し期限まで=賃料が発生
・明渡し期限後=賃料相当損害金が発生
という関係になるわけです。
2.賃料相当損害金の額はどうやって決める?
では、賃料相当損害金の額=賃料の額となるのでしょうか?
この点、賃料相当損害金の額について、賃貸借契約書で特に何も決めていない場合、賃料相当損害金の額は賃料と同額と考えるのが一般的です。
たとえば、賃料が1か月10万円であれば賃料相当損害金も1か月あたり10万円とするということです。
これに対して、賃料相当損害金についての定めをおくケースもあります。
たとえば、賃貸借契約にこのような記載があることがあります。
借主が本契約終了後も本件建物を明け渡さないときは、本契約終了日の翌日より明渡しに至るまで、月額賃料額の倍額の損害金を借主は貸主に支払うものとする。
賃貸借契約書にこのような記載がある場合、たとえば賃料が1か月10万円であれば賃料相当損害金は1か月あたり20万円になるというわけです。
このような取り決めによる抑止力を持たせることで、明渡し期限までに確実に出て行ってもらうことを狙いとしたものと考えられます。
「期限までに明け渡さなければ、これまでの賃料の倍額を払わないといけない」となれば、普通はきちんと期限までに出て行こうと思うはずという考えによるものですね。
3.賃料の2倍の賃料相当損害金を定めるのは有効?
では、賃料の2倍の賃料相当損害金を賃貸借契約書に入れたとして、果たしてこのような取り決めは有効なのでしょうか。
ここでまず問題となるのが消費者契約法です。
消費者契約法は、消費者(個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。))と事業者(法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人)が契約を締結する消費者契約に適用されます(消費者契約法2条)。
そのため、賃貸借契約においても、一般個人と事業者が契約を締結する場合には消費者契約法が適用されることになります。
そして、消費者契約法9条には次のような規定があります。
(消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項等の無効)
第九条 次の各号に掲げる消費者契約の条項は、当該各号に定める部分について、無効とする。
一 当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分
二 当該消費者契約に基づき支払うべき金銭の全部又は一部を消費者が支払期日(支払回数が二以上である場合には、それぞれの支払期日。以下この号において同じ。)までに支払わない場合における損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、支払期日の翌日からその支払をする日までの期間について、その日数に応じ、当該支払期日に支払うべき額から当該支払期日に支払うべき額のうち既に支払われた額を控除した額に年十四・六パーセントの割合を乗じて計算した額を超えるもの 当該超える部分
賃料相当損害金の定めが、この消費者契約法9条1号に反するのではないかということが問題となるわけです。
この点が問題となった裁判を見てみることにしましょう。
※下線は当事務所によるもの
【東京地裁平成24年7月5日判決】
(1) 消費者契約法9条1号該当性
ア 消費者契約法9条1号は,事業者が消費者契約の解除に伴い高額な損害賠償の予定又は違約金の定めをして消費者に不当な金銭的負担を強いる場合があることに鑑み,消費者が不当な出捐を強いられることのないように,消費者契約の解除の際の損害賠償額の予定又は違約金の定めについて,一定の限度を超える部分を無効とする規定である。
この点,本件倍額賠償予定条項は,約定解除権又は法定解除権が行使されて契約が終了する場合のみならず,契約が更新されずに期間満了により終了する場合も含め,賃貸借契約が終了する場合一般に適用されるものであり,その条項上の文言としても,契約の解除ではなく契約が終了した日以降の明渡義務の不履行を対象としていることからすれば,本件倍額賠償予定条項は,契約が終了したにもかかわらず賃借人が賃借物件の明渡義務の履行を遅滞している場合の損害に関する条項であって,契約の解除に伴う損害に関する条項ではないと解すべきである。
確かに,賃貸借契約が解除により終了する場合には,解除の効力発生日と契約終了の日が一致するから,解除によって本件倍額賠償予定条項が直ちに適用されるかのように見えなくもない。しかしながら,賃借人は,自ら賃貸借契約を解除する場合には終了時期を任意に選択することにより本件倍額賠償予定条項の適用を免れることが可能であり,賃貸人から解除される場合であっても,賃借人は,解除権の行使あるいはその原因となる債務不履行の原因事実を事前に認識しているのが通常であって,やはり約定に従って明渡義務を履行することにより本件倍額賠償予定条項の適用を免れることが可能であると考えられるから,解除権の行使によって本件倍額賠償予定条項が直ちに適用される関係にあるとはいえない。
そうすると,本件倍額賠償予定条項により発生する賠償金は,解除に伴って発生するものとはいえず,また,その発生や支払金額が解除又はその事由若しくは時期等に関連づけられているものでもない。
以上によると,本件倍額賠償予定条項は,消費者契約法9条1号の「当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項」とはいえず,本件倍額賠償予定条項について同号を適用することはできない。
イ これに対し,原告は,消費者契約法9条1号の解釈指針となるべき割賦販売法6条及び特定商取引法10条の規定においては,商品の引渡しが行われた後の解除の場合でその後に購入者から当該商品の返還を受ける場合には,損害賠償額の予定又は違約金の上限は,原則として当該商品が返還されるまでの当該商品の通常の使用料とこれに対する法定利息とされているから,消費者契約法第9条1号は,解除自体から直接生じる損害のみならず,原状回復義務の不履行により生じる損害等,解除に関連して生じる損害や違約金について規定する条項に対しても適用されるべきであると主張する。
しかしながら,そもそも割賦販売法及び特定商取引法と消費者契約法はいずれも消費者の利益擁護を図るという趣旨では共通するものの,その法律の果たす役割,位置づけなどは各々異なるのであって,同様の規定があることをもって,直ちにこれを同一に解釈すべき必然性はないというべきである。また,割賦販売法6条1項1号及び特定商取引法10条1項1号は,契約が解除された場合の規定であるものの,これらは財産の所有権を移転する形式の契約を対象とし,解除に基づく原状回復義務の不履行による損害賠償額をその使用料相当額の範囲内に制限することには一定の合理性が認められるのに対し,賃貸借契約は,一定期間経過後に賃借物を返還する形式の契約であり,契約が終了したにもかかわらず賃料と同額の損害金しか支払を要しないものとしたのでは,返還義務の履行を促すことができないことは明らかである。
したがって,本件のように賃貸借契約終了後に賃借物件の明渡しが遅滞する場合と割賦販売法6条1項1号及び特定商取引法10条1項1号において契約が解除されて商品が返還される場合とを同列に扱うことはできないといわざるを得ず,本件事案に関して,消費者契約法9条1号を割賦販売法6条及び特定商取引法10条の規定と同様に解することを前提とする原告の前記主張は採用することができない。
ウ 以上のとおりであるから,本件倍額賠償予定条項が消費者契約法9条1号により無効であると認めることはできない。
➢消費者契約法9条1号は適用されず、有効であると判断されました(この裁判における高裁判決(東京高裁平成25年3月28日判決)も同旨の判断をしました)。
次に、消費者契約法10条に以下のような規定があります。
(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
第十条 消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。
賃料相当損害金の額を賃料の倍額とする定めが「消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」に当たり、消費者契約法10条に反するようにも思います。
この点についてはどうでしょうか。
先ほどと同じ裁判例を見てみましょう。
(2) 消費者契約法10条該当性
ア 消費者契約法10条前段該当性
本件倍額賠償予定条項は,契約終了後の明渡義務の履行が遅滞した場合の損害賠償額を予め定めて,その賠償義務を賃借人に負わせる特約であって,具体的な損害の発生やその金額の主張立証を要することなく一定金額の損害賠償請求を賃貸人に認めるという意味において,任意規定の適用による場合に比し,消費者である賃借人の義務を加重するものに当たる。
したがって,本件倍額賠償予定条項は,消費者契約法10条前段の要件を充足するというべきであり,この点は被告も争っていない。
イ 消費者契約法10条後段該当性
(ア) 賃貸借契約において,賃借物件の明渡しが遅滞することになった場合,賃貸人が明渡予定日を前提に当該物件につき新たな賃貸借契約を締結していた時には,新賃借人に対する引渡債務の履行が遅滞することにより,賃貸人は,入居の準備が整うまでの期間に係る新賃借人の宿泊費又は代替物件の使用料等の支払を余儀なくされる場合があることが優に想定されるところである。さらに,相当期間内に任意の明渡しが見込めない場合には,賃貸人は債務名義を取得するために弁護士費用を含めて相当の費用と時間をかけて訴訟手続等をとる必要があり,その後の強制執行手続においても一定の執行費用を要することになるが,これらの費用を全て回収できるわけではない。そして,これらの損害の中には本件特別損害賠償条項によって填補可能な部分もあるが,その立証責任は賃貸人側にあり,現実の填補を確保するための時間と費用も無視し得ない。
また,賃借人が契約期間中と同程度の経済的負担で賃借物件の使用を継続できるとすることは,一定の要件を満たして契約が終了したにもかかわらず,賃借人を事実上従前と同様の経済的状況に置くことになり,返還義務の履行を促すことができないことは明らかである。
そうすると,予定される損害賠償額を,契約期間中において毎月支払うこととされていた賃料その他の付随費用の合計額を超える金額とすることは,賃貸人に生ずる損害の填補としての側面からも,また,契約終了時における明渡義務の履行を促進する機能としての側面からも,相応の合理性を有するということができる。
他方,消費者である賃借人にとっても,契約終了に基づく明渡義務という賃貸借契約における一般的義務を履行すればその適用を免れるのであるから,賃料等の1か月分相当額を上回る損害金を負担することとなっても直ちに不合理であるともいえない。
以上の諸点に鑑みると,建物賃貸借契約書に記載された契約終了後の目的物明渡義務の遅滞に係る損害賠償額の予定条項については,その金額が,上記のような賃貸人に生ずる損害の填補あるいは明渡義務の履行の促進という観点に照らし不相当に高額であるといった事情が認められない限り,消費者契約法10条後段にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらないと解するのが相当である。
(イ) これを本件についてみると,乙42号証及び弁論の全趣旨によれば,被告が管理する賃貸物件全体の月額賃料額は,5万円を下回るものから150万円程度のものまであり,その平均は10万円程度(平成23年12月末日時点)であることが認められるところ,契約終了後も任意の明渡しがされない場合に,被告が新たな賃借人に対し支払わなければならない代替物件の使用料や,強制執行手続等に要する費用は,月額賃料の額を超えることが少なくないことが容易に推定される。また,そのような賃貸人に生ずる損害は,当該物件の月額賃料の額にある程度比例すると考えられるから,損害賠償額の予定を月額賃料に比例させることにも一定の合理性が認められる。そして,証拠(甲14~19,乙43~53,59)によれば,平成22年10月から平成23年9月までの1年間の仲介件数ないし同年3月頃当時の全国の管理戸数で上位にランキングされている企業のうち,証拠上明らかなものだけでも,賃料等の毎月の支払金額の2倍の金額を損害賠償の予定額と定めているものが少なくとも4社,1.5倍の金額を損害賠償の予定額と定めているものが少なくとも1社あるほか,公的性格を有する独立行政法人都市再生機構及び東京都住宅供給公社が使用している賃貸借契約書でも1.5倍を損害賠償の予定額として定めていることが認められる。
以上のような諸事情を総合考慮すると,本件倍額賠償予定条項における賃料等の2倍の額という賠償額の定めは,賃貸人に生ずる損害の填補あるいは明渡義務の履行の促進という観点に照らし不相当に高額であるということはできない。
(ウ) また,本件特別損害賠償条項は,賃借物件の明渡しが遅滞することにより,賃料等の1か月分相当額を超えた損害が特別に発生する場合には,これを特別損害として,本件損害賠償予定条項に基づく損害金に加えて,当該特別損害を賠償することも規定しているが(同条2項),特別損害が賃料等の1か月分相当額を超えないときは,被告が損害賠償を請求できないとの趣旨を含むものであるし,上記特別損害は賃貸人である被告に特別に発生した実損害であることからすると,本件特別損害賠償条項が,消費者の利益を一方的に害するものと認めることはできず,本件倍額賠償予定条項と併せてみても,これらを消費者契約法10条により無効とすることはできない。
ウ 以上のとおりであるから,本件倍額賠償予定条項及び本件特別損害賠償条項が消費者契約法10条により無効であるということはできない。
➢賃貸人に生ずる損害の填補あるいは明渡義務の履行の促進という観点に照らし不相当に高額であるといった事情が認められない限り、賃料相当損害金を賃料額よりも高額にしても無効にはならないとの一般論を示したうえで、賃料の2倍であれば不相当に高額であるということはできないと判断しました(この裁判における高裁判決(東京高裁平成25年3月28日判決)も同旨の判断をしました)。
以上のとおり、賃料相当損害金の額を賃料の2倍とした合意は消費者契約法には反せず有効であると考えられています。
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