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離婚・男女問題
【大阪の離婚弁護士が教える】モラハラで慰謝料が認められるか
1.離婚の際に必ずしも慰謝料が発生するわけではない
離婚する際には、離婚原因を作った側が慰謝料を払わなければならないと考えている方がおられますが、そのようなことはありません。
慰謝料の支払いなく離婚が成立するケースも多々あります。
慰謝料が問題となる典型ケースは不貞行為があった場合や暴力があった場合です。
では、モラハラ行為があった場合はどうでしょうか。
ネット上では、モラハラがあった場合には慰謝料が発生するかのように読める記事が散見されますが、以下に紹介する裁判例を見ていただくとわかるとおり、訴訟にまで至ったケースではそもそもモラハラを理由とした慰謝料を認めないものが相当数あります。
以下では、モラハラが問題となった裁判例を通じて、モラハラ行為によって慰謝料が発生するかを見ていきたいと思います。
2.モラハラ行為と慰謝料に関する裁判例
① 夫が妻に対して人格否定的な発言をした事例(東京地判令和4年4月26日)
【妻の主張】
被告Y1(注:夫)は、原告(注:妻)の人格を卑しめる以下のような発言を日常的に繰り返し、原告に精神的苦痛を与え続けてきた。
被告Y1は、平素より、家族を蔑視して家族の犠牲の上に自らの金銭的欲望を追求する姿勢を示していた。
被告Y1は、令和2年1月11日当日も、原告の行動を監視しようとしたり、被告Y1の女性関係に口出ししないことを要求したりと、女性を蔑視する傍若無人な発言を繰り返している。原告が被告Y1にDVの損害賠償を求めたものの、同月12日には「おまえ、デリヘルでもやってるのか?www」と不条理に原告の人格を非難した。
被告Y1は、「俺に女として接する努力もしない」、「嫁として機能してない」、「いい歳して、…盛ってるんじゃねーよwww」、「クソ雑魚」など、原告の人格と尊厳を貶める発言を繰り返していた。
【夫の主張】
被告Y1(注:夫)が原告(注:妻)にした発言は認めるが、原告が大学時代の知人男性と外出するために息子を遅い時間まで一時保育に預けていたことが被告Y1に分かったことから、腹立ちまぎれに発したものである。
【裁判所の判断】
被告Y1(注:夫)が、原告(注:妻)に対し、原告が主張するような発言をSNS上でしていたことは認められる(甲11から12)。
しかし、被告Y1の発言が不適当であるとしても、これらが原告に対する不法行為を構成するに至る程度の違法性ある発言かどうかは、原告と被告Y1の従前のやり取り等を踏まえて判断すべきところ、これらの発言のみをもって不法行為であると判断するに足りない。
➢モラハラ発言について慰謝料を認めなかった。
② 夫がSNS上で妻の人格を否定する発言をするなどした事例(福岡家判令和4年1月17日)
【妻の主張】
被告(注:夫)は,面会交流調停の時点から,原告(注:妻)を誘拐犯人呼ばわりするなど,原告を攻撃するような言動を行っていたほか,極めて拡散性が高く,原状回復が困難なSNSというツールを用いて,原告の人格を攻撃する言動を反復継続したことにより,婚姻関係は破綻に至り,原告は極度の精神的苦痛を受けたものである。これを慰謝するに足りる金額は,少なく見積もっても300万円を下回らない。また,被告が裁判外の解決に応じないことから訴訟提起を余儀なくされたものであり,弁護士費用相当額として30万円を加算し,合計330万円の支払を求める。
【夫の主張】
原告(注:妻)の指摘するSNSへの書き込みを行ったことは認めるが,被告(注:夫)は,突然,長女との接触を断たれた父親の悲しみや嘆きを,現状の制度への批判・問題提起,長女を一方的に連れ去った原告に対する意見という形で表明しただけであり,原告との関係を破綻させようとする意図はなかった。被告は,長女の近況の確認,十分な面会交流が実現できれば直ぐにでもアカウントを消去する旨を原告に伝えており,長女とのコミュニケーション(例えばテレビ電話等)の確保を約束してもらえれば,投稿を即時に削除する考えである。
【裁判所の判断】
原告(注:妻)は,被告(注:夫)が,SNSというツールを用いて,原告の人格を攻撃する言動を反復継続したことにより,婚姻関係は破綻に至り,原告は極度の精神的苦痛を受けたなどと主張する。確かに,被告は,不特定多数の者の閲覧が可能なSNSにおいて,原告を実子誘拐,連れ去りを行い,長女を人質に金銭を請求する者として繰り返し批判したほか,原告が被告に送付した長女の写真等を掲載するなどの行為に及んでおり,これらの行為が原告と被告の信頼関係を著しく損なうものであることは否定できない。他方,前記認定のとおり,被告が前記SNSへの書き込みを開始したのは別居から約2年近くが経過した令和2年7月以降であり,同時点において既に原告と被告との間の婚姻関係は破綻していたと認められるから,被告によるSNSへの書き込みが,婚姻関係破綻の原因であると評価することはできず,離婚慰謝料発生を認めるべき事由に当たるとはいえない。
➢SNSへの書き込みについて、慰謝料請求は認めなかった。
③ 夫が妻に対して心ない言葉をぶつけるなどした事例(東京地判令和 3年11月29日)
【妻の主張】
被告(注:夫)は,同居中,原告(注:妻)に生活を支えてもらっていたのに,原告が悪いかのように「お前は(夫婦の間の関係でも)損得ばかり考えている。」「俺の病気が長引いているのはお前が原因だ。」などと言って原告を追い詰めた。また,原告が被告のためを思って言うことにも,「(考え方の)押し付けだ。」などとわめき散らし,原告の心情を踏みにじった。
原告は,被告の上記諸行為により,うつ病を発症し,離婚を余儀なくされ,精神的損害を受けた。そして,不可解な弁解をして慰謝料の支払を拒否する被告の交渉態度により,原告の精神的損害は拡大した。その慰謝料は300万円を下らない。弁護士費用30万円も原告の損害である。
【夫の主張】
原告(注:妻)の言動こそモラルハラスメントと評価され得るものである。すなわち,原告は,ベッドが狭いと言って被告(注:夫)にベッドの下で寝ることを強要し,抑うつ状態のため休業中の被告に家事を強要し,照明の消し忘れ等を被告から注意されても改善せず,被告の両親からの帰省時のもてなしや被告の両親との近居を拒否する態度を示した。
被告と原告は,上記のような原告の言動に苦しんだ被告からの離婚申出に端を発し,双方の話し合いを経て離婚合意に至ったものであるから,離婚に伴う慰謝料が生じる余地はない。
【裁判所の判断】
この点に関する原告(注:妻)及び被告(注:夫)の主張の要旨は前記のとおりであり,お互いに相手の言動をモラルハラスメントと主張し,相手の主張はこれを争うという状況にあるところ,どちらの主張も決め手となる証拠による裏付けを欠くものであって,原告の主張のみを採用することはできない。
➢モラハラ発言を理由とした慰謝料を認めなかった。
④ 夫が妻に対して暴言を吐くなどした事例(東京地判令和2年11月19日)
【妻の主張】
被告(注:夫)は,婚姻後1年も経たないうちに,原告(注:妻)に対し,暴言を吐いたり暴行を加えたり無視するなどのモラルハラスメント行為を日常的に繰り返すようになった。
また,被告は,平成27年4月28日当時,A(以下「A」という。)と不貞関係にあり,同日,原告に対して同事実を認めたが,「不倫されるのはお前が悪いからだ。」などと述べ,反省の態度を見せることはなかった。
被告の上記不法行為により,原告と被告との婚姻関係は破綻した。
(中略)婚姻関係破綻の原因が被告のみにあることに加え,本件離婚が長男出産直後であったことなどを考慮すれば,本件離婚によって原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は300万円を下らない。
【夫の主張】
被告(注:夫)が原告(注:妻)に対して日常的にモラルハラスメント行為を繰り返し,不仲であったのであれば,長男は誕生していないはずである。また,被告は,原告に対し,Aとの不貞関係を謝罪して許しを得たから,Aとの不貞関係は離婚原因となっていない。原告と被告が離婚に至ったのは,原告から事ある毎に愚痴や不満を述べられ,束縛されることに疲れた被告の方から離婚を申し入れたからである。
【裁判所の判断】
原告(注:妻)は,被告(注:夫)による暴言,暴力等の日常的なモラルハラスメント行為及び不貞行為が離婚原因である旨主張し,原告作成の陳述書(甲17,29)にも同旨の記載がある。
しかしながら,原告は本件と直接の利害関係を有する当事者である上,その陳述書(甲17,29)は反対尋問を経ていないから,その証明力の評価は慎重にされるべきである。当該陳述書には被告による暴言や暴力の内容がある程度具体的に記載されていることは認められるものの(甲17),被告はこれらを否認しており,本件において,当時の会話録音や動画,画像等,被告による暴言や暴力を裏付ける的確な証拠は何ら存在しない。そうすると,上記陳述書の記載のみをもって,婚姻期間中に被告の原告に対する暴言,暴力等の日常的なモラルハラスメント行為があったと認めることは困難である。なお,証拠(甲14)によれば,原告が平成29年2月22日に新宿警察署に対して生活安全相談をした際の生活安全相談処理結果表(以下「相談処理結果表」という。)の「相談の要旨」欄には,「私は元夫と平成20年1月に結婚し,暴力はその1年後くらいから始まりました。」「暴力の頻度は2ヶ月に1回程度」などと記載されていることが認められるものの,これは原告の認識が一方的に記載されたものにすぎないから,上記認定,判断を左右しない。
➢モラハラ行為があったことを認定せず、慰謝料を認めなかった。
⑤ 夫が妻に対して暴言を吐くなどした事例(東京地判令和元年9月10日)
【妻の主張】
被告(注:夫)の原告(注:妻)に対する執拗なモラルハラスメント行為,愛犬〇〇の虐待行為や,夫婦間の信頼関係に重大な影響を及ぼす事実の秘匿・虚偽説明の発覚により,原被告間の婚姻関係は破綻し,原告は離婚を余儀なくされたものであり,これにより原告は著しい精神的苦痛を被った。
本件において,①被告が日常的に「キチガイ」「死ね」「子供をおろせ」等の暴言を吐き,大声で怒鳴るなどし,これらの行為は極めて頻回であって,その内容からも原告の受ける精神的負荷は極めて強度であること,②原告が婚姻以前から大切に飼育してきた〇〇に対する虐待は,原告にとって耐えがたい精神的苦痛を生じさせるものであること,③被告が婚姻中であり,離婚歴3回(当時の妻との離婚を除いても2回),前妻との間に子が1人いるにも関わらず,独身かつ離婚歴1回・子はなしと誤信させて交際を開始し,プロポーズをしたもので,これは配偶者にとって騙されたという甚大な精神的苦痛を生じさせるものであること等の事情が認められる。
さらに,原告は平成30年1月,環境要因すなわち被告の上記行為によって,めまい症,不眠症を発症するに至っている。
これらの事情を総合すれば,離婚により,又は,被告の不法行為により,原告に生じた精神的苦痛を慰謝すべき金額は200万円を下らない。また,同損害の回復に要する弁護士費用は20万円を下らない。
【夫の主張】
被告(注:夫)が日常的に「キチガイ」「死ね」「子供をおろせ」等の暴言を吐いたという事実はない。また,被告の離婚歴や子の存在については,原告(注:妻)も婚姻時には承知していた事実であり,それにもかかわらず知らなかったと虚偽の証言をする行為は非常に悪質である。
めまい症については,今回の件と因果関係はなく,原告の婚姻前からの持病であるメニエール病によるものである。不眠症についても同様に,今回の件と因果関係はない。
したがって,被告が賠償すべき損害はない。
【裁判所の判断】
(2) 婚姻後の被告の言動
ア 原告(注:妻)は,婚姻届出の3日後である平成29年9月21日,静岡に住む妊娠中の友人から遊びに来るよう誘われ,WhatsAppで被告(注:夫)に相談した。被告は,乗換案内情報を調べて原告に送信するなどしたが,妊娠初期に一人で行くべきではないと述べ,それでも行くなら自己責任で好きにすればよいと突き放すような返信をした。
このときのやり取りにつき,原告は,安定期に入ってからという前提で相談したところ,被告が「頭おかしいから」「ついていけないわ」等と返信してきたと主張するが,乙2のメッセージ履歴によれば,原告は,2日後の土曜日に出掛ける話をして被告に反対されたものであり,上記「頭おかしいから」等のコメントは,被告とのやり取りを経て静岡行きを断った原告に対し,その友人が上京してでも原告に会いたいと言ってきたことに対するコメントであり,原告が主張するような文脈で発せられた言葉ではないものと認められる。
イ 被告は,同年10月11日,原告がつわりのため部屋の片付け等の家事ができずにいたところ,原告の自宅には物が多すぎると文句を言い,「別居したい」等と言ったり,「妊娠で辛いときがあるのはわかるけど,辛くないときにやることちゃんとやってもらえないですか」と不満を述べたりした。(乙1・171頁)
また,被告は,同月18日,原告へのWhatsAppメッセージで,原告の勤務先が原告の妊娠に配慮しないことについて,「正直きちがい集団だとしか思えない」「ホントバカなんだろうね そんな人間が校長になれるとか 狂ってる」等と応答し,労働法規等についてインターネットで調べた結果を添えて,「妊婦なのに重い物を職場で持たされるのは完全なマタハラ」「訴えてもいいレベル」等と約3時間にわたって原告へのアドバイスを送信し(乙1・177~179頁),同月30日,原告がフルートの教え子の親からクレームを受けた際には,弁護士に相談に行く,証拠を残せ,等と原告に指示した上,その後に電話での会話を録音しなかった原告に対し,「証拠が大切といってる」「いうこと聞けないならもう助けられない」「バカなんですか?」「何が必要かほんとわかっていない人だね」「勝手にしろよほんと」と立て続けに送信したことがあった(乙1・192~196頁)。
ウ このように,被告は,自分が不満に感じる出来事があると,相手に対して徹底的に攻撃的な態度を示し,WhatsAppのメッセージでさえも,「頭おかしい」「バカ」「きちがい」「狂ってる」等,相手を罵倒する言葉を連発し,また,原告が言うことをきかないと,すぐに「好きにしろ」「勝手にしろ」「別居する」等,突き放すような言葉を発していたことが認められるところ,被告は,原告との日常会話においても,ラーメン店で被告の器に原告が箸をのばして一口食べたことについて「意地汚い」「品がなさすぎる」「バカにどんな話しても通じないから中井(被告が原告との同居前に居住していた被告所有のマンション)に帰る」等と言ったり,原告がDのDVDを買おうかと言ったことに対して「子供が生まれるのにそんなまたモノ増やす事言ってもうXさん死ねばいいと思います」と発言したりし,原告が家計の負担について被告と話し合おうとすると,腹を立て,「そっちが勝手にこんな高い良い家に住んで,こっちは中井を手放さないといけないのに,その上さらに援助してっておかしいでしょ,贅沢にもほどがある,そんなんだったら子供なんか作らなきゃいい」「離婚して犬連れて帰れよ」「もう犬捨ててこいよ」等と言い捨てたりもした。
また,被告は,同年12月11日,原告の教え子の発表会に行き,発表会の終了後,教え子の保護者である著名な女性芸能人に被告を紹介してもらうため観客席で原告を待っていたところ,原告が別の保護者と話していて被告の席に来るのが遅れ,同芸能人が直接被告に挨拶しに来る事態となったことについて,原告に恥をかかされたとして激怒し,「クズ」「死ね」「離婚して子供もおろせ」「何様なんだよ このクズ野郎」「マジで死んでくれないかな」「親の教育が悪すぎる」「こんな最低な女見たことない」等と原告を罵倒した。
エ 被告は,同年12月17日,誰が年賀状を準備するかを巡って原告と言い合い,「嫁に来たからにはY家のやり方を尊重してほしい」という趣旨の話をした。また,被告は,年賀状の準備作業中に,「3回も離婚して,親族の笑いものだ」という趣旨の話をし,原告が3回も離婚したのかと問うと,「いや,1回ですよ」と言い直した。
オ 被告は,原告の飼い犬であるシューの噛み癖を治すと称して,シューを段ボール箱に入れたり,シューの口に指を突っ込んだりする嫌悪刺激を度々加え,シューに噛まれることがあった。
カ 原告は,被告の機嫌がころころ変わり,上機嫌なときには優しく振る舞うものの,不機嫌になると手がつけられないほどに暴言を吐くことに戸惑い,LINEのトークで原告の母に状況を伝えていた。原告の母は,被告のモラルハラスメントないしDVを疑った。
原告は,平成30年1月9日の夕食時,大皿料理を食べる際に取り皿を使うべきかを巡って被告と口論になり,被告との会話を録音した。被告は,原告の発言をさえぎって自己の主張を大声でたたみかけ,原告が口論をやめようと言っても,少なくとも1時間以上にわたり,原告は常識を知らなすぎる等と言って,取り皿を巡る議論をやめなかった。
キ 被告は,同月28日夕方,体調が優れずに寝ていたが,原告が,インフルエンザに感染し胎児に影響が及ぶことを心配して,ホテルで外泊したいと言ったことに激怒し,「僕はインフルじゃない」「問題あるとしたら,あんたの日頃の行いだよ。部屋片付けねーとか,ちゃんときれいにしないとかさ。」等と原告を責めた挙げ句,子どもを堕ろすよう求め,なぜ堕ろさなければいけないのかと原告が問うと,「いらない。当たり前じゃん。やっていけないよ。あんたみたいなくそ人間と。自分のことしか考えてないんだよ。」と言い放った。原告が「子どものためじゃん」と反論すると,被告は,「子どものためじゃないね。俺は大丈夫っつってんだよ。それが信用できないんだったら,おまえ死ねよ,本当に。ふざけんなよ。こっちが大丈夫だっつってんのに,勝手にインフルエンザって決め付けて人を追い出すな。いや,本当に離婚届,明日持ってくるから書いてね。俺は書くから。勝手に1人で産めよ。勝手に1人で育てろよ。だったら。」と言い,原告宅を出て行った。
原告は,被告の物言いに恐怖を感じ,神戸市の父親に事情を話した。原告の父は,即日上京して原告宅に宿泊した。
ク 被告は,翌29日午後7時前にWhatsAppで「今から荷物取りに行く」と連絡した後,午後7時30分頃に帰宅したが,予告なく原告の父がいたことに腹を立て,原告の父に対し,自分は体調が悪いのに原告に無理やり出て行かされた,原告は親離れしていない,「家長」である自分がインフルエンザではないと言っているのに,原告は人の話を聞かない等とまくしたて,確実に離婚すると言い,原告の父が鍵を置いていくよう求めると,「置いていきますよ。荷物,全部送ってくださいよ,うちに。」と言って,原告宅を出て行った。
ケ 原告は,翌30日午前1時過ぎに,被告に対し,被告を大事に思っていないわけではないが,離婚,死ねという言葉がショックであった等と記したメッセージをWhatsAppで送信した。これに対し,被告は,午前2時前後の15分間に「はぁ パブロンは予防だとはっきり言いましたけど」から始まり,原告の対応はありえない,人間としておかしい等と批判するメッセージ8通を返信した。
原告が被告のメッセージに返信せずにいると,被告は,翌31日の午前6時前から9回にわたり,原告に対し,「理不尽」「常識が欠如しすぎ」「最低」「頭が悪すぎる」等と非難するメッセージを送信し,なぜ父親が来ていることを言わなかったのか説明するよう求めた。そして,原告が,荷物を送るようにとのメッセージに対してだけ,「はい」「荷物は送ります。土曜日の18時以降の便着で送ります」と返答すると,父親が来ていたことを言わなかった理由を説明しないことを責め,同日午後7時近くまで,繰り返し「ありえない」「ふざけすぎだろ」等のメッセージをWhatsAppで送り続けた。(甲3)
コ 被告は,同年2月1日,離婚届を原告に送付し,その旨をメール(Gmail)で連絡した。その際,被告は,さらに原告を「クズ」「卑怯者」等と罵倒し,批判する文言を繰り返した。(甲1)
(中略)
上記2(2)のとおり,被告は,原告との婚姻後,次第に,原告の人格を否定して被告の価値観を押し付け,被告に従わなければ徹底的に罵倒するような暴言を吐くようになり,その頻度や内容もエスカレートし,社会的に許容されるべき範囲を逸脱するものとなっていたことが認められるところ,これら一連の暴言がいわゆるモラルハラスメント行為に当たり,原告の人格権を侵害するものであることは明らかというべきである。
これに対し,被告は,暴言を吐いたことを否認し,自己の発言を正当化する主張をするが,これは,被告が自身の言葉が相手を傷付ける暴力的なものであるとの自覚を全く欠いているためであるに過ぎないものと解され,被告の主張は上記判断を左右しない。
(2) また,被告は,原告との交際開始時には,婚姻継続中であったことや前妻との間に子がいることを秘匿し,婚姻後においても,被告の婚姻歴について正確な説明をしていなかったことが認められるところ,これらの事実は,婚姻関係の前提となる相互の信頼関係を損なうものといえるから,上記モラルハラスメント行為ともあいまって,原告と被告との間の婚姻関係を破綻させる要因となったものと認められる。
(中略)
証拠(甲18ないし甲21(枝番を含む。))によれば,原告は,被告の一連のモラルハラスメント行為及び離婚により,強度の不安を感じ,不眠や抑うつ気分等,精神科の治療を要する状態に陥ったことが認められる。
このような原告の精神面の状況や,被告のモラルハラスメント行為自体の悪質性の程度,原告と被告との婚姻期間の長さ,原告が妊娠中の離婚を余儀なくされたこと等,一切の事情に鑑みれば,原告が被った精神的損害に対する慰謝料としては,200万円と認めることが相当である。
また,同損害の回復に要するものとして相当因果関係が認められる弁護士費用の額は,20万円と認められる。
➢夫による悪質なモラハラ行為があったと認定し、200万円の慰謝料の支払いを命じた。
⑥ 夫が妻に対して乱暴な言動をとるなどした事例(東京地判平成31年3月20日)
【妻の主張】
被告(注:夫)は,原告(注:妻)との婚姻期間中,原告に対し,些細なことで怒り出し,乱暴な言動をしたり,原告の顔にライトを向けて質問したり,原告が繰り返し清掃しても,部屋を汚くし続けたり,人の好意に感謝することがなく,全て自分のおかげという態度をとったり,原告に車から飛び降りるよう求めたり,原告が友人と会うに際して事前及び事後に報告書を提出するよう求めたり,自分本位な夫婦生活を強要したり,大麻を発芽させようとしたり,原告に収入を渡さず,原告の貯金を使わせようとしたりするなど,種々のいわゆるモラルハラスメントを繰り返していた(以下,上記の被告の行為を併せて「本件各行為」という。)。
そのため,原告は,被告との婚姻関係を継続することが困難となり,婚姻関係が破綻するに至った。
【夫の主張】
否認ないし争う。
原告(注:妻)と被告(注:夫)との婚姻関係が破綻するに至ったのは,互いの性格の不一致が原因であり,被告に有責行為はない。
【裁判所の判断】
原告(注:妻)は,前記第2の3(1)アのとおり,被告(注:夫)の本件各行為により原告と被告との婚姻関係が破綻するに至った旨主張する。
そこで検討するに,前記1認定事実によれば,被告には,原告と被告の婚姻期間中における口論等の際,原告に対する不適切な言動が認められる一方で,原告にも,被告の立場について配慮に欠ける発言が認められるところである。そして,前記1認定事実によれば,原告と被告の婚姻関係が破綻するに至ったのは,双方の性格の不一致や家族観の違いを基礎として,互いに相手の立場や状況に対する配慮に欠ける発言や不適切な言動があったために対立が深まっていたところ,性交渉に関する対立も加わり,別居について解消される見込みが立たない状態になっていたこと及びAと被告との対立が決定的なものとなったこともあいまって婚姻関係が破綻するに至ったのであって,婚姻関係の破綻について被告に有責行為があったとは認められない。
この点,原告は,被告において大麻を発芽させようとしていたことが原告に対するモラルハラスメントに当たる旨主張するが,被告が大麻を発芽させようとしていたことを認めるに足りる的確な証拠はない。また,原告は,原告が繰り返し清掃しても,被告が部屋を汚い状態にし続けていた旨主張するが,原告と被告の居住していた部屋が汚い状態になったのは,原告及び被告の双方が適切に清掃しなかったのが原因であると認められ(甲6,7,乙1,17,原告本人,被告本人),原告の主張するように,原告が繰り返し清掃しても,被告が部屋を汚い状態にし続けていたためであると認めるに足りる証拠はない。そして,その余の本件各行為についても,前記1認定事実で認定した事実を除き,これらを的確に認めるに足りる証拠はない。
そうすると,婚姻関係の破綻について被告に有責行為があったとは認められない以上,被告の原告に対する不適切な言動があったとしても,被告に離婚慰謝料発生の基礎となるべき有責不法な行為があるということはできない。
したがって,原告の前記主張は採用することができない。
➢妻の主張するモラハラによる慰謝料を認めなかった。
⑦ 夫が妻に対して暴言を吐くなどした事例(東京地判平成29年11月6日)
【妻の主張】
原告(注:妻)と被告(注:夫)が離婚した原因は,被告の有責行為にある。すなわち,被告は,原告との婚姻期間中,原告に対し,心ない言動による精神的暴力及び威嚇行為といったモラルハラスメント(① 体調の悪い原告に対し,食事の用意を強要したり,「寝ていれば治るだろ。」と述べたこと,② いらいらして,突然,「お前ら,全員うるさい!」と怒鳴ったこと,③ 体調が悪いため被告の実家に行けないと述べた原告に対し,「おやじの写真の前に線香の1本もあげられないでどうする!」と怒鳴ったこと,④ 原告が「心臓が痛い。」と言うと,テレビを見たまま,「そうやって否定的な考えばかりしているからどんどん悪くなるんだよ。」と,非難めいた発言をしたこと等)を重ね,それによって原告が精神疾患を抱えるにようになった後も,更に追い打ちをかけてモラルハラスメントを重ねた。そして,被告が,平成23年3月6日,激高してリビングのテーブルにワイングラスを叩き付けて割ったことによって,原告の被告に対する拒否感,恐怖感及び嫌悪感が決定的なものとなり,翌日から別居となったものである。
原告は,被告の上記有責行為によって,被告と離婚するに至り,重度ストレス反応及び適応障害等と診断されるなど,多大な精神的苦痛を被ったものであり,離婚に伴う慰謝料の額は,300万円を下らない。
【夫の主張】
被告(注:夫)は,原告(注:妻)に対してモラルハラスメントをしておらず,平成23年3月6日の出来事も,原告が,飲酒中の被告に対し,それまでの数々の不満を突如として伝えてきたため,衝動的にワイングラスをテーブルに強く置いたところ,意図せず割れてしまったにすぎない。
したがって,原告と被告は,被告の有責行為によって離婚したものではないから,被告は,原告に対し,離婚に伴う慰謝料支払義務を負わない。
【裁判所の判断】
(1) 原告(注:妻)は,原告と被告(注:夫)が離婚した原因は,被告の有責行為(度重なるモラルハラスメント)にある旨主張し,その旨記載した報告書(甲2)及び陳述書(甲21)を提出し,その旨供述する(原告本人)。
(2) そこで検討すると,原告は,被告と別居した後の平成23年3月30日,精神科医から,「被告との長期間にわたる葛藤があり,精神的なストレス状態となっている。」として,急性抑うつ反応と診断され(甲6),同年9月28日には,別の精神科医から,「被告から受けた長期複数回にわたる精神的暴力と威嚇行為が本疾患の成因である。」として,重度ストレス反応及び適応障害と診断されている(甲7,10)。
しかし,証拠(甲2ないし5,7,16,17,21,乙16,原告本人,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,① 原告は,被告との婚姻当初,義母から孫を強く要望されることに精神的圧力を感じ,平成8年に妊娠したものの流産となったことで自分を責め,平成9年に精神科を受診したこと,② その後,原告の精神状態は安定したものの,平成16年に原告の母が肺炎の発症を繰り返した際,被告が原告の懇請にもかかわらず,原告の母を自宅に泊めることに同意しなかったことにつき,原告は,憤懣やるかたない気持ちを抱き続けたこと,③ 原告は,平成19年夏頃,体調不良が続いた際,被告が原告の体調を気遣ってくれないと感じて不満を募らせ,同年9月には呼吸困難となり,被告に救急車を呼んでもらったところ,心因性過換気症候群と診断されたこと,④ 原告は,その後も体調不良が続く中,義父の看病,義母への気遣い,経済面における被告への不満などが重なり,思い余って被告や義母に自己の考えを伝えると,かえって被告との間で衝突が生じ,被告に対する拒否感を強く感じるようになっていったこと,⑤ 原告は,平成23年2月,再び精神科を受診するようになり,同年3月6日,耐えられない気持ちから飲酒中の被告に対し,数々の不満を伝えたところ,口論となり,立腹した被告が手にしていたワイングラスをテーブルに強く置いた際,ワイングラスが割れたこと,⑥ 翌朝,原告は,子らを連れて本件マンションを出たことが認められる。
これらの事情を踏まえると,原告は,自身の繊細な性格が原因で,義母や被告の言動を過剰に感受して精神状態が不安定となり,心因性の体調不良を引き起こし,そのことから生ずる被告との衝突が更に原告の精神状態の不安定を招くという悪循環に陥っていたものとみるのが相当である。
原告がモラルハラスメントである旨主張する被告の言動は,原告に対する思いやりが不十分であったというべき部分があるとしても,一般的に婚姻関係の継続を困難にさせる程度のものであるとまではいい難く,本件全証拠によっても,上記診断書に記載されたような「長期複数回にわたる精神的暴力と威嚇行為」があったとまでは認められない。また,原告は,別居の前日である平成23年3月6日の出来事について,被告がワイングラスをテーブルに叩き付けて割った旨主張するが,上記のとおり,意図せず割れてしまったものと認められる。
(3) そうすると,上記経緯で別居状態となり,その後原告が被告との離婚を決意して,婚姻関係の修復が不可能となったことについては,原告の性格とそれに対する被告の対応の双方に原因があるというべきであり,原告が主張するようにその原因が被告の一方的な有責行為にあると認めることはできない。
したがって,被告は,原告に対し,離婚に伴う慰謝料支払義務を負わない。
➢妻の主張する慰謝料を認めなかった。
⑧ 夫が妻を無視するなどした事例
【妻の主張】
被告(注:夫)は,婚姻当初から,思い通りにならないと,原告(注:妻)や長男を無視し,暴言暴力(物を投げつけるなど)に及んだ。被告は,長男が生まれてすぐに原告に働くことを強要し,自らは家事育児を手伝わないのに,掃除洗濯の方法などを事細かく指示し,原告のやり方が気に入らないと大声で怒鳴りつけるので,原告は,被告に話し合いを求めたが無視された。原告は,精神的に不安定となり,平成20年×月頃には激しいめまいと吐き気で救急搬送されたが,被告が入院を断ったため帰宅を余儀なくされ,体調不良の中家事をさせられた。また,被告は,長男が所在不明になった時にも原告に押しつけて放置した。これら被告の行為(モラルハラスメント)により,原告は,しばしば動悸,めまい,頭痛や吐き気に襲われ,現在,全般性不安障害と診断されている。原告は,被告とは別居しているが,被告は,別件婚費分担審判にもかかわらず婚姻費用を支払わない。以上からすれば,原告と被告との婚姻関係は破綻していて,原告の精神的苦痛を慰謝するには500万円を要する。
【夫の主張】
被告(注:夫)が物を叩いたり,原告(注:妻)と言い合いになったりしたことはあったが,言い過ぎた時などは謝っていたし,暴言や暴力はなく,むしろ原告から激しく怒鳴られたりした。仕事も原告が働きたがっていたので育児ストレスも解消できると賛成したにすぎず,家事の内容を事細かに指示,注意したことも,原告の入院を断ったこともない。また,被告は,揉め事が多い夫婦関係に悩み疲弊していたときに,長男が所在不明になったと聞いて,どうしたら良いか分からなくなっただけで,家族を大切に思っている。婚姻費用については,別居時に預金300万円位を原告が持ち出してしまい,被告には自宅ローンなどの返済もあることから,支払いが遅れている。なお,原告が全般性不安障害に陥ったのは,被告との関係からだけではない。被告は,従前,全般性不安障害についての理解が不足し,原告との接し方を間違えてきたことを深く反省している。今後は,その理解に一層務め,専門家の意見も踏まえながら夫婦共に治療に努力し(夫婦カウンセリングも必要かと思う),子供のためにも,何年もかかるかもしれないが,もう一度家族3人の生活を取り戻したい。本件別居は,被告が,原告の治療に少しでも役立てばと黙認しているにすぎず,原告と被告の婚姻関係は破綻していない。したがって,原告には慰謝料も当然発生しない。
【裁判所の判断】
婚姻の本質は,両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思をもって共同生活を営むことであるところ,原告は,被告との接触のストレスから全般性不安障害となっていて,被告との同居は無理である旨述べる。しかし,原告が婚姻関係の破綻原因と主張する事実は,上記認定のとおり,その存在自体が認められないか,存在するとしても,いずれも,性格・考え方の違いや感情・言葉の行き違いに端を発するもので,被告のみが責を負うというものではない。そして,そのような隔たりを克服するためには,相互に相手を尊重し,異なる考え方であっても聞き,心情を汲む努力を重ね,相互理解を深めていくことが必要である。しかしながら,原告は,独り決めする傾向が見受けられ,被告が後から何か意見などをすると,自分の判断・行動を責められていると感情的・被害的になって受け入れず,被告に自身の精神状況について深刻に相談をすることもしないまま一方的に別居し,別居後も,頑に離婚を主張している。他方,被告も,独断的な傾向(とにかくやれば良いのだなど)があり,口論の末ではあったかもしれないが原告に大声を出すなど,原告の精神状態に配慮を欠いた相互理解の姿勢に乏しい言動があった。しかし,現在被告は,原告との修復を強く望み,従前の言動を真摯に反省し,全般性不安障害の理解のための努力も重ね,今後も原告の治療を優先に(夫婦カウンセリングも視野に入れている),段階を踏んだ時間をかけての関係改善を考えている。また,原告の,全般性不安障害の原因は,原告の生育歴や思考パターンによる部分も大きいものと考えられる。さらに,被告は,長男誕生時からその養育に関わり,現在も被告と長男の関係が良好に保たれているうえ,原告と被告の同居期間が約10年であるのに対して別居期間は約3年5か月と短い。
以上を総合考慮すると,原告と被告との婚姻関係は,原告の治療を優先に進めながらではあるが,原告と被告が相互理解の努力を真摯に続け,長男も含めた家族のあり方を熟慮することにより,未だ修復の可能性がないとはいえず,婚姻を継続し難い重大な事由があるとまでは認められない(ただし,被告が原告に対し,定められた婚姻費用を支払うべきことはいうまでもない。)。
➢婚姻関係が破綻していないことから、妻の主張する慰謝料を検討するまでもなく、その主張を排斥した。
3.まとめ
以上、8つの近時の裁判例を見てきましたが、そのうち慰謝料が認められたのは、1件(⑤東京地判令和元年9月10日)のみでした。
ここから分かるように、裁判実務においては、相当程度悪質なモラハラ行為を立証することができた場合でなければ慰謝料が認められておらず、モラハラ行為を理由に慰謝料が認められることには相応のハードルがあるといえます。
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