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相続

【相続】相続放棄の熟慮期間の起算点~あとから借金が判明したような場合にどうすればいいか?~

2021.04.20

1.はじめに

前回の記事で、相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、相続放棄をしなければならないということを説明しました。

 

では、「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは具体的にいつなのでしょうか?

 

 

2.原則論

判例(大審院大正15年8月3日決定)は、「相続の開始を知った時」を次のように解釈しました。

 

①相続開始の原因事実の発生を知り

かつ

②このため自己が相続人となったことを覚知した時

 

 

①相続開始の原因事実の発生を知った時とは、被相続人の死亡または失踪宣告を知った時を指します。

 

また、②このため自己が相続人となったことを覚知した時については、相続人たる法定順位にある者が相続開始の原因事実の発生を知ったときは、原則として、自己が相続人になったことを覚知したものと認定するのが相当とされています(大審院大正15年8月3日決定)。

 

つまり、被相続人が死亡したことを知ったときには原則として自分が相続人になったことを知ったと認定されるということです。

 

原則として、①の時期(死亡の事実を知った時)=②の時期(自分が相続人になったことを知った時)ということになります。

 

そして、この解釈が原則論としてその後の実務において定着しました。

 

 

3.原則論に潜む問題(原則論修正の必要性)

上記のとおり、①相続開始の原因事実の発生を知り、かつ②このため自己が相続人となったことを覚知した時が相続放棄の熟慮期間の起算点の原則です。

 

しかし、この原則論を貫くと、相続開始の事実と自分が相続人になった事実を知った時から3か月が経過した後に、被相続人に多額の借金が発覚したというような場合に相続放棄ができないということになります。

 

これでは、相続人は予期せぬ借金を背負い込むことになりかねません。

 

実際、貸金業者の中にはあえて被相続人の死亡後3か月以上が経ってから相続人に請求を行う業者もあったようです。

 

そこで、裁判所は相続放棄の熟慮期間の起算点を繰り下げるという形で救済を図ることとなりました。

 

最高裁判所は次のように判示し、この問題について解釈を確立させました。

 

最高裁昭和59年4月27日判決

※下線は当事務所によるもの

 

【事案の概要】

相続人が、被相続人の死亡から約1年後に同人に保証債務が存在することを知り、裁判所に対して相続放棄の申述をしました。

 

【判旨】

民法九一五条一項本文が相続人に対し単純承認若しくは限定承認又は放棄をするについて三か月の期間(以下「熱慮期間」という。)を許与しているのは、相続人が、相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知つた場合には、通常、右各事実を知つた時から三か月以内に、調査すること等によつて、相続すべき積極及び消極の財産(以下「相続財産」という。)の有無、その状況等を認識し又は認識することができ、したがつて単純承認若しくは限定承認又は放棄のいずれかを選択すべき前提条件が具備されるとの考えに基づいているのであるから、熟慮期間は、原則として、相続人が前記の各事実を知つた時から起算すべきものであるが、相続人が、右各事実を知つた場合であつても、右各事実を知つた時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があつて、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、相続人が前記の各事実を知つた時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、原審が適法に確定した事実及び本件記録上明らかな事実は、次のとおりである。

 1 第一審被告亡大西増治郎(以下「亡増治郎」という。)は、昭和五二年七月二五日、上告人との間で、浅野さくの上告人に対する一〇〇〇万円の準消費貸借契約上の債務につき、本件連帯保証契約を締結した。

 2 本件の第一審裁判所は、昭和五五年二月二二日、上告人が亡増治郎に対して本件連帯保証債務の履行を求める本訴請求を全部認容する旨の判決を言い渡したが、亡増治郎が右判決正本の送達前の同年三月五日に死亡したため、本件訴訟手続は中断した。そこで、上告代理人が同年七月二八日に受継の申立をしたが、第一審裁判所は、昭和五六年二月九日亡増治郎の相続人である被上告人らにつき本件訴訟手続の受継決定をしたうえ、被上告人大西収に対して同年二月一二日に、被上告人大西操子に対して同月一三日に、被上告人大西茂子に対して同年三月二日に、それぞれ右受継申立書及び受継決定正本とともに第一審判決正本を送達した。もつとも、被上告人大西茂子は、同年二月一四日に被上告人大西操子から右送達の事実を知らされていた。

 3 ところで、亡増治郎の一家は、同人が定職に就かずにギャンブルに熱中し家庭内のいさかいが絶えなかつたため、昭和四一年春に被上告人大西収が家出し、昭和四二年秋には亡増治郎の妻が被上告人大西操子、同大西茂子を連れて家出して、以後は被上告人らと亡増治郎との間に親子間の交渉が全く途絶え、約一〇年間も経過したのちに本件連帯保証契約が締結された。その後、亡増治郎は、生活保護を受けながら独身で生活していたが、本件訴訟が第一審に係属中の昭和五四年夏、医療扶助を受けて病院に入院し、昭和五五年三月五日病院で死亡した。被上告人大西収は、同人の死に立ち会い、また、被上告人大西操子、同大西茂子も右同日あるいはその翌日に亡増治郎の死亡を知らされた。しかし、被上告人大西収は、民生委員から亡増治郎の入院を知らされ、三回ほど亡増治郎を見舞つたが、その際、同人からその資産や負債について説明を受けたことがなく、本件訴訟が係属していることも知らされないでいた。当時、亡増治郎には相続すべき積極財産が全くなく、亡増治郎の葬儀も行われず、遺骨は寺に預けられた事情にあり、被上告人らは、亡増治郎が本件連帯保証債務を負担していることを知らなかつたため、相続に関しなんらかの手続をとる必要があることなど全く念頭になかった。ところが、被上告人らは、その後約一年を経過したのちに、前記のとおり、第一審判決正本の送達を受けて初めて本件連帯保証債務の存在を知つた。

 4 そこで、被上告人らは、第一審判決に対して控訴の申立をする一方、昭和五六年二月二六日大阪家庭裁判所に相続放棄の申述をし、同年四月一七日同裁判所はこれを受理した。

 右事実関係のもとにおいては、被上告人らは、亡増治郎の死亡の事実及びこれにより自己が相続人となつた事実を知つた当時、亡増治郎の相続財産が全く存在しないと信じ、そのために右各事実を知つた時から起算して三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたものであり、しかも被上告人らが本件第一審判決正本の送達を受けて本件連帯保証債務の存在を知るまでの間、これを認識することが著しく困難であつて、相続財産が全く存在しないと信ずるについて相当な理由があると認められるから、民法九一五条一項本文の熟慮期間は、被上告人らが本件連帯保証債務の存在を認識した昭和五六年二月一二日ないし同月一四日から起算されるものと解すべきであり、したがつて、被上告人らが同月二六日にした本件相続放棄の申述は熟慮期間内に適法にされたものであつて、これに基づく申述受理もまた適法なものというべきである。それゆえ、被上告人らは、本件連帯保証債務を承継していないことに帰するから、上告人の本訴請求は理由がないといわなければならない。

 

最高裁判所は、相続人が相続開始の原因事実の発生を知り、このために自己が相続人になったことを覚知していても、相続財産に含まれる債務の存在を知らなかった場合には、熟慮期間の起算点を繰り下げる余地があるとの判断を示しました。

 

この最高裁の判断によって、相続人に落ち度がなく相続財産を調査しきれなかった時には、その相続財産(債務)の存在を知った段階で初めて「自己のために相続の開始があったことを知った」ということになりうるという解釈が確立されることとなりました。

 

 

4.上記最高裁判例を読み解く際の注意点

上記のとおり、最高裁は「被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、(中略)相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があつて、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、(中略)熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべき」としています。

 

つまり、この判例を厳格に適用すれば、被相続人に相続財産が少しでも存在することを知っていた場合や、相続財産の調査を相続人に期待することが著しく困難だったとまではいえないような場合には、熟慮期間の起算点の繰り下げは認められないということになります。

 

現に、最高裁判所判例解説においても「一律に、相続財産についての認識がない以上熟慮期間は進行しないという考え方によるべきものとすると、一時るすく法的安定性を害するおそれがあるし、また、相続財産の調査を怠って相続財産がないものと軽信し、漫然と3か月の期間を徒過した者まで救済の対象となってしまうので、右の考え方を何らの限定もつけずに採用することは妥当ではない」とされているところです(最判解説昭和59年度188頁)。

 

そのため、安易に相続放棄の熟慮期間の起算点が繰り下げられると考えるべきではないといえるでしょう。

 

次回以降では、実際に起算点の繰り下げが認められたケースと認められなかったケースを紹介したいと思います。

 

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